あるすか星(あるすかせい)


潜在意識の界隈で言われてる、認識の変更とは

潜在意識の界隈でよく言われる、「認識の変更」とは何か?

「認識の変更」について、私なりに書きたいと思います。

そもそも、認識(にんしき)とは
基本的には哲学の概念で、主体あるいは主観が対象を明確に把握することを言う。

認識の変更とは、今まで「ないと思ってきた、不足だと思ってきた」けど、「実はあったんだ、充足だった」ことに気が付く事です。

無いという認識が、在るという認識に変わる事です。


認識の変更とは、文字通り、これまで認識していたことが変わることです。

自分の当たり前、デフォルト(前提)が、「無い」という不足ではなく、「在る」という充足に変わることが、認識の変更と捉えています。


例えば、「自分は愛されてない」と思っていた人が、「実は愛されていたんだ」と気が付くのも、「無いと思っていたことが実は在った」と気付く、認識の変更です。

愛されていたという認識の変更が起きると、人の優しさに気が付いたり、現象としても周りの人が優しく変わったりします。


「お金がない」と思っていた人が、「周りにたくさんの豊かさが在った」「お金が在った」ことに気が付くのも、認識の変更です。

周りの豊かさに気が付き、そこに意識を向けることで、さらに豊かになっていきます。


「愛情やお金がないと思っていた、不足を感じるのが当たり前だった」状態から、

「愛情やお金も本当は在った、周りにはたくさんの充足が在った」と当たり前に思えるなら、認識が変更しています。

私の認識変更の体験談

私は恋愛面では、「既に在る」という感覚がいつもあったように思います。

10代の頃から、「世の中に女性はたくさんいるから、理想の彼女はどこかにいるし、彼女できるだろう」と思ってきました。

そして、それは現象化してきました。


私の認識が変わった、認識の変更の体験があります。

ある場所で会う人達に、「この人達は挨拶もあまりしないし、冷たいな」と思っていました。

在る世界を見ようと決めたら、「冷たいと思っていた人達の中に優しさがあった」とわかり、そこからがらりと見る目が変わり、その人達の対応が良くなったことがあります。

自分が「この人達の中にも優しさがある」と見始めたら、急にその場所で会う人達が優しくなったりしました。

まさに、自分の認識が変わり、現実が変わっていきました。

認識の変更~お金について

お金はないのではなく、お金はあります。

実実ですよね。

「自分の手元にはない」と感じる時も、世の中にはたくさんお金があります。

「お金はないのではなく、お金はある」と思うから、収入を得たり、増やしたり、稼げるようになります。

あると思うから、あるという状態からスタートするから、稼げたり、収入を上げたりできるわけです。

悪い例ですが、「お金はない」と思いながら、ビジネスに取り組むと、思うように稼げなかったり、収入を伸ばすことができません。

前提で思っている事が、「お金がない」だからです。


まずは、お金はたくさん在ると思う事で、稼げたり、収入を上げれたり、在る世界へと移行していきます。

お金に限らずですが、内面の世界でまず所有するから、外の世界の現実で所有できるようになります。

お金の存在、お金の正体について考える

お金というのも、ただ中立に世の中に存在しています。

中立な存在です。

お金は汚いと意味付けする人はそうなるし。

お金はやりたいことを叶えてくれるものと意味付けする人はそうなります。


お金はただ在るだけ、です。

お金に「佐藤さんのお金」「鈴木さんのお金」とか名前が書かれているわけじゃないです。

自分の手元にあったお金も、使えば出ていったりするし、また違うところから入ってきたりして、世の中に流れています。

「今の自分の手元にあるお金」も、誰か違う人が持っていたお金です。

お金を金属磨きのピカールという液体で磨いた時がありますが、白い雑巾が真っ黒になりました。

ものすごく汚れているのがわかりました。

真っ黒になるぐらいに、お金は多くの人の手に渡っています。



そもそもお金とは?

印刷された紙とか、硬貨は銅などです。

1000円札、5000円札、1万円札は、日本銀行と書かれた紙で日本銀行が発行しています。

硬貨は政府が発行しています。

お金とは、何かと交換できる交換券のようなものですね。

紙自体に価値があるのではなく、みんながそれを「1000円」とか「5000円」とか「10000円」と同意して決めたもの。

価値があると共通で認識しているものになります。

つきつめていくと、お金とは概念になります。

労働してる人や価値提供している人のところに、お金が集まってるだけです。

何もしなくてもお金がある人もいるんでしょうけど。

個の自分としては、お金が集まったり減っていったりしてその繰り返しで、どんどん増えていく人もいたします。


松下幸之助さんと斎藤一人さんの豊かな考え方を真似する

松下幸之助さんは、ある日、大きな庭園の料亭でお食事をしていました。

お客さんとしてまぬかれた人が、「素晴らしい場所ですね、素敵なお庭ですね」と言った時に、松下幸之助さんは、「ここは全部うちの庭なんだから、ゆっくりしてください」と言ったらしいです。

聞いていたお客さんは、「さすが、松下幸之助さんだな」と思ったようですが、松下幸之助さんはそこの庭の所有者じゃなかったそうです。

本当はそこの庭の所有者じゃないけど、「ここは自分の庭だ」と思う考え方をしていたらしいです。


長者番付で有名な斎藤一人さんの話にも、似たような話があります。

まるかんのお店の前のコンビニを「うちの冷蔵庫」と呼んだり、ドライブに行った時なども、山を「俺の山」「みっちゃん先生の山」などと呼んで豊かな気分になる、豊かさゲームをして遊んでいるそうです。

斎藤一人さんの豊かさゲームを日常に取り入れて、よく行く本屋を「自分の本棚」と思ったりよく行く広い公園に対して、「ここは自分の庭だ」と思う事もできます。

「自分で管理しなくても、広い庭が管理されていて、心地よく使えるなあ」と、自分が所有している豊かな気分になったりします。

松下幸之助さんや斎藤一人さんの真似をして、自分の内側でそれを所有することで、豊かな気持ちになれます。

内側が豊かさを感じることで、外の世界もそうなっていきます。


お金は無いじゃなく、お金は在ると思う事から始める

認識の変更をしたい時は、まずは、「お金はないんじゃなく、お金はある」と思う事から始めてみて下さい。

「お金は在るとは思えない」「お金が在ると府に落ちない」という人も、まずはその考えを採用して、世の中を見てみて下さい。

お金は在るとみているうちに、だんだんと府に落ちてきたり、そういう世界が見え始めてきます。

見え始めてくるから、それが自然と現象化でも出てくるようになります。